最近、人的資本経営という言葉を耳にする機会が増えていますが、
・何を意味しているのかよくわからない
・人材を大事にすることと何が違うのか
というご意見を多く伺います。
本記事の内容はYouTube動画でもご覧いただけます。
人的資本経営とは
人的資本経営とは、人材を「資源やコスト」としてではなく、企業価値を継続的に高めるための「資本」として捉え、積極的に投資する経営の考え方です。
経済産業省は次のように定義しています。
“人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方”
一見すると日本企業が昔から大切にしてきた「人を大切にする経営」とよく似ています。しかし決定的に異なるのは、人材を「資本」として扱う以上、投資に対して明確なリターンを求めるという合理性が求められる点です。
従来は「ヒト・モノ・カネ」に象徴されるように、人材は資源の一つでした。資源とは、基本的に使えば減っていくものであり、効率よく、少ないコストで運用することが理想とされてきました。研修費や給与といった人件費も、できるだけ抑えるべきコストとして見られてきた傾向があります。
しかし、人的資本経営ではこの考え方が大きく変わります。人材は、価値や利益を生み出す源泉として扱われます。
たとえば、
・社員のスキルアップに投資した結果、新規事業が生まれる
・個々の強みを伸ばし、自律的に動ける人材が増えることで、生産性が大きく向上する
・社員の創造性が発揮され、競合が模倣できない独自の価値が生まれる
これらはすべて、投資に対するリターンとして企業にもたらされるものです。この「投資→成長→リターン」の循環こそが、人的資本経営の核となる考え方です。

人材を「コスト」として最小化するのか、それとも「資本」として価値を最大化するのか。
この視点の違いが、企業の競争力や持続的な成長に大きな影響を与えるとされています。
人的資本経営が注目される理由
人的資本経営が重要視される背景には、主に4つの理由があります。
人材・働き方の多様化
かつては「新卒で入社し、定年まで勤め上げる」という働き方が一般的でした。しかし現在は、終身雇用が崩れ、転職が当たり前となり、キャリアの選択肢が大きく広がっています。
さらに、時短勤務・リモートワーク・副業など、働き方そのものも多様化しています。こうした変化の中で、従来のような画一的な人材管理では、もはや組織の力を最大化できません。
そのため一人ひとりが最も力を発揮できる環境づくりが求められ、それを実現する考え方として人的資本経営が注目されています。
投資家による企業評価の変化
かつて投資家は、売上や利益といった目に見える資産を中心に企業を評価していました。しかし現在では、ブランド力、技術力、知的財産、そして「人材」といった無形資産の重要性が急激に高まっています。
優れた製品やサービスがあったとしても、それを生み出す「人」がいなくなれば企業価値は維持できません。そのため投資家は「人材をどう育て、活躍できる環境を整えているか」を重視しています。
ESGの世界的潮流
人的資本経営が注目される背景には、「ESG投資」の拡大という世界的な潮流もあります。
ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を重視する概念のこと。人的資本はこのうち特に「社会(S)」と「ガバナンス(G)」に深く関係しています。
多様性の推進や働きがいの向上など、人への投資が企業の社会的評価を高める時代になっています。
DX・AI時代の経営戦略
デジタル化が進む中、単純作業は機械に代替され、人間には創造性やイノベーションが求められます。
そのため、企業がDX・AI時代を生き抜くには、社員一人ひとりの創造性を最大限に引き出す仕組みづくりが不可欠になります。
人的資本経営は、この時代に適した経営戦略として極めて重要な位置づけになっているのです。
人的資本経営の4つのメリット
ここでは、人的資本経営が企業にもたらす代表的な4つのメリットを整理します。
生産性の向上
研修や資格取得支援など、人材への投資は社員のスキル向上につながります。スキルが高まれば業務効率が上がり、組織全体の生産性も向上します。
また、育成のプロセスを通じて社員のスキルが見える化されることで、適材適所の配置が可能になる点も大きな強みです。
従業員エンゲージメントの向上
エンゲージメントとは、企業への愛着や仕事への熱意を示す指標です。
企業が「あなたの成長に投資しています」という姿勢を示すことで、社員は大切にされている実感を得られ、働く意欲が高まります。
その結果、モチベーションの向上や帰属意識の強化につながり、離職率の低下にも大きく寄与します。自分の成長を実感できる職場ほど、魅力的な環境はありません。
採用力・企業ブランディングの強化
「社員を大切にする会社」「成長できる環境がある会社」などの評判が広がることで、優秀な人材が自然と集まるようになります。
採用コストが削減できるだけでなく、人が集まる企業としてのブランド力を高められる点は、近年の採用難の中でも大きな武器となります。
投資家からの評価向上
先程も述べたように、投資家は今、売上や利益だけでなく「人材」という無形資産に強い注目を向けています。
人的資本経営に積極的な企業は、「将来にわたって継続的に成長できる組織」と評価され、投資対象として魅力が高まります。
資金調達力が高まれば、新規事業や研究開発にも積極的にチャレンジでき、その成果を再び人材育成に投資する好循環をつくることができます。
人的資本の情報開示の動向
人的資本経営が注目される一方で、その取り組みを外部に「開示」する流れが世界的に加速しています。
日本でも2023年3月期の決算から、約4,000社の上場企業に対し、有価証券報告書で人的資本に関する「戦略」と「指標・目標」の開示が義務化されました。
特に以下の3項目は、新たに全企業で開示が必須となっています。
・女性管理職比率
・男性の育児休業取得率
・男女間賃金格差
これらは単なる数値ではなく、企業が多様性や公正な人事運用をどれだけ重視しているかを示す指標でもあります。まさに企業の姿勢が問われる項目です。
ただし、義務項目だけを開示していれば十分かというと、そうではありません。経済産業省が公表する「人的資本可視化指針」では、企業が任意で開示することが望ましい項目として、7分野・19項目が提示されています。

例えば、
・従業員エンゲージメント
・リスキリングへの投資額
・離職率
など、企業文化や働きやすさをより深く理解するための項目が含まれています。
これは「投資家は、人的資本の実態をより詳しく知りたい」という強いニーズを示したものです。義務だから最小限だけ対応するという守りの開示ではなく、自社の特徴や強みを積極的に発信する攻めの開示が求められる時代になっています。
人的資本経営を進めるための「3P・5Fモデル」
「人的資本経営を始めたいが、何から着手すべきかわからない」という声は少なくありません。
そこで役立つのが、経済産業省が提唱する「3P・5Fモデル」です。これは人的資本経営を進める際の地図のようなフレームワークで、全体像を整理するのに非常に有効です。

引用:https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf
3P:人材戦略に必要な3つの視点
3Pは、人材戦略を考える上での3つの視点(Perspectives)のことです。
1つ目のPは、経営戦略と人材戦略の連動です。
企業が目指す方向と、人材の採用・育成方針が一致していることが重要です。
例えば「3年後に海外進出」を掲げるなら、語学力のある人材の採用や、海外で活躍できるリーダー育成が必要になります。経営と人材が「同じ方向を向いている状態」が出発点です。
2つ目のPは、As is-To beギャップの定量把握です。
現状(As is)と理想(To be)の差を数値で把握する視点です。
「海外で活躍できる人材が理想は10名、現状は2名」といったように、ギャップを明確にすることで必要なアクションが見えてきます。感覚ではなく定量で差分を捉えることが、具体的なアクションにつながります。
3つ目のPは、企業文化への定着です。
優れた戦略を策定しても、スローガンにとどまる場合は効果が限定的です。制度・運用・評価に埋め込み、文化として根付いているかを測定し、次の戦略に反映します。
5F:人材戦略に不可欠な5つの要素
5Fは、人材戦略に共通して組み込むべき5つの要素(Factors)を指します。
1つ目のFは、動的な人材ポートフォリオです。
社内の保有スキル・配置・人数を可視化し、機動的に最適配置を行います。新規プロジェクトの立ち上げ時に、適切なメンバーを速やかに編成できます。
2つ目のFは、知・経験のダイバーシティ&インクルージョンです。
多様な経験や価値観を持つ人材の意見を意思決定に取り込みます。異なる視点を歓迎する文化がイノベーションの源泉になります。
3つ目のFは、リスキリング(学び直し)です。
環境変化に対応するため、社員が継続的に新しいスキルを習得できる仕組みを提供します。社員だけでなく、経営者自身も例外ではありません。
4つ目のFは、従業員エンゲージメントです。
やりがいと働きがいを感じられる環境を整備し、エンゲージメントを測定・改善します。エンゲージメントの高さは、生産性や離職率にも直結します。
5つ目のFは、時間や場所にとらわれない働き方です。
リモートワークやフレックスタイムなど、柔軟な就労環境を整えます。コロナ禍で進展した変化を機会と捉え、多様な人材活用につなげます。
以上の3つの視点と5つの要素を踏まえて自社の戦略を設計していきましょう。
人的資本経営の実践ステップ(4段階)
3P・5Fを踏まえたうえで、実際に取り組む際の流れを4つのステップにまとめると次の通りです。
社長や経営層と人事部が会社としてどこを目指すのかというゴールを共有します。
その上でそのゴールを達成するために、どのような人材が必要で、どのように育成するのかという人材戦略を策定します。
両者が乖離している場合、施策は機能しません。まずは社内の目線合わせを実施します。
理想の姿に対して現在の自社はどのような状態かを、可能な限りデータで客観的に分析します。
例えば、「女性管理職比率は理想30%に対し現状5%」「次世代リーダー候補が10名必要だが、現在は3名」といった形で、定量的にギャップを明らかにすることがポイントです。
この分析には、人材のスキルや配置を整理した人材ポートフォリオの活用が有効です。
ギャップが明確になったら、改善に向けたKPIと具体的な施策を設定します。
例えば、「女性管理職比率を5年で20%に引き上げる」というKPIに対し、
・女性向けリーダー研修の新設
・キャリアパスの提示
などの施策を設計します。
これらの取り組みは、将来の企業価値を支える人材への投資そのものです。
計画策定後は実行に移し、定期的に進捗をモニタリングします。
計画どおりに進捗しているか、効果が発現しているかを検証し、必要に応じて方法を見直して改善します。
このPDCAサイクルを継続運用することが、人的資本経営の成否を左右します。
継続的なデータ収集と分析を可能にする環境整備として、タレントマネジメントシステムの導入は有効です。
人的資本経営の実践における3つの留意点
人的資本経営を進めるうえで、ぜひ避けたい落とし穴があります。ここでは、特に重要な3つの注意点を紹介します。
① 情報開示を目的化しない
人的資本に関する情報開示が求められるようになり、開示のためだけにデータ収集に追われてしまう企業も見られます。しかし、情報開示はあくまで結果であり、本質ではありません。
最も重要なのは、社員が働きやすい環境を整え、その能力が最大限発揮される状態をつくることです。その取り組みの積み重ねが企業価値につながり、結果として外部への開示が意味を持つ。この順番を決して取り違えてはいけません。
② 「経営戦略と人材戦略」を紐付ける
人材戦略は、企業の経営戦略を実現するための手段です。会社の方向性と関係のない研修や制度を整えても、組織の成長にはつながりません。
常に「この施策は、経営目標の達成にどう貢献するのか?」という視点を持つことが不可欠です。ここが欠けると、人材施策が点在し、組織としての一貫性を失います。
③ 人事部だけの取り組みにしない
人的資本経営は、人事部の専任タスクではありません。
財務、営業、開発など、あらゆる部門が「人材は企業の最大の資産である」という共通認識を持ち、全社で取り組む必要があります。
社長や経営層のコミットメントが不十分なまま、人事だけが動いても成果は出ません。全社が同じ方向を向いて初めて、実効性のある人的資本経営が実現します。
人的資本経営の事例紹介(3社)
最後に具体的な企業事例を3社ご紹介します。
丸井グループ
丸井グループでは、社員が新しいことに挑戦する機会を「打席数」と呼び、その数を増やすことを重視しています。
結果だけでなく、挑戦そのものに価値を置き、失敗を恐れずにトライできる環境を整えている点が大きな特徴です。
挑戦機会を制度として位置づけることで、社員の成長とイノベーションを後押ししています。
カルビー
カルビーは、従業員エンゲージメントを測るために「人的資本インデックス」という独自の指標を構築し、定期的に調査を実施しています。
その結果を分析し、働きやすさや組織課題の改善に活かす仕組みを整えており、社員の声を経営に反映させる取り組みとして非常に参考になる事例です。

引用:https://www.calbee.co.jp/ir/pdf/2025/humancapitalreport2025.pdf
鍋屋バイテック
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以上、人的資本経営について詳細に説明しました。これは一部の大企業のみの課題ではなく、企業規模を問わず取り組むべき経営戦略です。まずは自社の人材に関する現状を整理し、課題と優先度を明確化することを推奨します。
「どこから着手すべきかわからない」「自社の文化として根づくイメージが持てない」といった場合には、ぜひご相談ください。実態に合わせて人的資本経営の導入をサポートし、必要に応じて事例を交えながら具体的にご説明します。
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