「ネイチャーポジティブ」という言葉を聞いたことはあるものの、「なんとなく環境保護の話ではないか」と感じている方も多いのではないでしょうか。しかし、ネイチャーポジティブは単なる環境保護の話ではありません。これからの企業経営に大きな影響を与える、重要なキーワードです。
ほな社長本記事では、ネイチャーポジティブの基礎から、カーボンニュートラルとの関係、TNFDの考え方、企業が取り組むべき理由、業界別の事例までをわかりやすく解説します。
「自社には関係ない」と思っている方も、ぜひ自社の事業と自然との関係を考えるきっかけにしてください。
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ネイチャーポジティブとは

ネイチャーポジティブとは、一言でいうと「自然や生物多様性の減少を食い止めて、回復軌道に乗せる」という世界的なゴールのことです。
現在、世界の自然は減少の方向に進んでいるといわれています。その流れを止め、自然や生物多様性を回復させていくという考え方が、ネイチャーポジティブです。
この考え方が世界的に注目されるきっかけの一つとなったのが、2022年に開催された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」です。この国際的な枠組みの中で、2030年までに自然の減少を食い止め、回復させるという世界的な目標が採択されました。
ここから、世界中の国や企業が自然や生物多様性への対応を進める流れが強まっています。
ネイチャーポジティブとカーボンニュートラルの関係
ネイチャーポジティブと聞くと、「カーボンニュートラルとは何が違うのか」と感じる方もいるかもしれません。
結論からいうと、この2つは切っても切れない「車の両輪」の関係です。
カーボンニュートラルは、温室効果ガスの排出量と吸収量を差し引きゼロにすることを目指す考え方です。一方、ネイチャーポジティブは、自然や生物多様性そのものの減少を止め、回復させることを目指します。
森林、湿地、海洋などの自然生態系は、地球の巨大な炭素吸収源として機能しています。もし自然が壊れ続け、炭素を吸収する力が弱まれば、いくら人間の技術で排出量を減らしても、カーボンニュートラル社会の実現は難しくなります。
だからこそ、自然を守り、生態系の機能を回復させること自体が、重要な気候変動対策になります。
気候変動対策と生物多様性の保全は、切り離せないテーマです。企業には、脱炭素だけでなく、自然資本や生物多様性にも目を向ける総合的なアプローチが求められています。
企業に生物多様性が関係する理由
もしかしたら「自社に生物多様性は関係ない」と思う方もいるかもしれません。
しかし、企業活動は自然という土台の上に成り立っています。世界のGDPの半分以上が、自然や生物多様性に中程度、あるいは高度に依存しているともいわれています。自然を失うことは、企業の経済的基盤を失うことにもつながるのです。
ここでは、生物多様性の損失が企業に与える影響を、業界別に見ていきましょう。
食品スーパー・小売業への影響
食品スーパーや小売業では、チョコレート、リンゴ、コーヒーなど、自然の恵みに支えられた商品を多く扱っています。
もし花粉を運ぶ昆虫がいなくなれば、こうした食べ物の多くが消えてしまうかもしれません。
アメリカの高級オーガニック食品チェーン「ホールフーズ・マーケット」は、過去に、花粉を運ぶ昆虫がいなくなった世界を想定し、受粉に依存している果物や野菜を売り場から撤去する実験を行いました。
その結果、通常の構成商品の52%、237品目が売り場から消えたとされています。
私たちが口にする食料品の3分の1は、花粉を運ぶ昆虫に依存しているといわれています。彼らがいなくなれば、スーパーの棚は大きく変わり、食品業界のビジネスにも深刻な影響が出る可能性があります。
製造業・アパレル業への影響
製造業やアパレル業にとっても、生物多様性の損失はサプライチェーンの断絶につながるリスクがあります。
たとえば、服を作るための綿花や、化粧品に使われる植物エキスなどは、自然から得られる原材料です。もし干ばつや生態系の破壊によって原材料が調達できなくなれば、工場の生産が止まる可能性もあります。
「自社はオフィスでパソコンを使うだけだから関係ない」と思う企業もあるかもしれません。
しかし、オフィスで使う紙、社員食堂の食材、オフィス家具なども、元をたどれば自然の恵みに支えられています。サプライチェーン全体に目を向けると、自然にまったく依存していない企業はほとんどないといえるでしょう。
製薬業界への影響
製薬業界においても、自然は重要な意味を持っています。
医薬品の多くは、植物や微生物など自然由来の成分から作られています。未知の生物が絶滅してしまうことは、将来の特効薬になるかもしれない素材を永遠に失うことを意味します。
これは製薬会社にとって大きな損失であり、将来の感染症や病気に対応する可能性を狭めることにもつながります。
このように、自然を失うことは、企業のビジネスの根幹を揺るがすリスクになり得ます。だからこそ、企業には自然や生物多様性への対応が求められているのです。
TNFDとは
企業に自然や生物多様性への対応が求められる中で、重要なキーワードとなるのが「TNFD」です。TNFDとは、「自然関連財務情報開示タスクフォース」のことです。
簡単にいうと、投資家が企業に対して「あなたのビジネスは自然にどのような影響を与えているのか、自然の変化によってどのようなリスクや機会があるのかを説明してください」と求める、自然関連の情報開示の枠組みです。
企業は、投資家や金融機関から資金を集めながら事業を拡大していきます。そのため、自然破壊のリスクを管理できていないと見なされれば、資金調達や企業評価に影響する可能性があります。また、「環境に悪い影響を与える企業だ」と見なされれば、レピュテーション、つまり企業の評判が低下するリスクもあります。
TNFDでは、次の4つの柱が重視されています。

- ガバナンス:自然関連の課題を、誰がどのように管理・監督するのかを示します。
- 戦略:自然の変化が、自社の事業や成長にどのような影響を与えるのかを整理します。
- リスク管理:自然関連のリスクをどのように特定・評価し、優先順位を付けて対応・管理するのかを示します。
- 指標と目標:自然関連の取り組みの進捗を測る指標や、達成を目指す目標を示します。
これは、TCFDやSSBJなど、サステナビリティに関する各種ガイドラインでも見られる考え方です。自然資本への対応も、単なる環境活動ではなく、経営戦略やリスク管理と結びつけて考える必要があります。
ネイチャーポジティブに取り組む企業事例
ここまで読むと、「リスク対応やルール対応ばかりで大変そう」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、見方を変えれば、ネイチャーポジティブへの対応は大きなビジネスチャンスにもなります。自然に良い取り組みをすれば、新規事業の創出やブランド価値の向上につながるからです。
実際に、ピンチをチャンスに変えている企業はすでにあります。ここでは、業界別の実践事例を見ていきましょう。
製造業・食品業:原材料調達の見直し
1つ目は、製造業や食品業による「原材料調達の見直し」です。
たとえば、食品大手のネスレは、商品に使うコーヒー豆やカカオなどを調達する際、環境に配慮した持続可能な農法で作られたものへ切り替えています。
また、不二製油グループも、パーム油やカカオの調達において、森林破壊ゼロを目指すサプライチェーンの構築を進めています。
このように、環境に配慮した調達を進めることで、持続的に原材料を調達できるようになります。結果として、事業活動の持続性を高め、ビジネスを長く続けるための強い基盤になるのです。
不動産・建設業:自然共生型のインフラ開発
2つ目は、不動産・建設業による「自然共生型のインフラ開発」です。
都市開発と聞くと、木を切り倒してビルを建てるイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし近年は、都市開発の中に豊かな緑地を増やし、地域の生態系を回復させるような取り組みも進んでいます。
たとえば、グラングリーン大阪のプロジェクトでは、敷地面積の約半分を都市公園にし、約320種、1,600本以上の樹木を植えることで、シジュウカラなどの鳥類や昆虫が飛び交う生態的ネットワークの創出を目指しています。
また、この生物多様性を意識した街づくりは、屋外空間のサステナビリティを評価する国際認証において、日本初となるGOLD評価を同時取得するなど、高い評価を受けています。
鳥や昆虫が戻ってくるようなビルや街をつくることは、生物多様性への配慮であると同時に、オフィスワーカーの満足度向上やビルの資産価値向上にもつながります。
金融業:ネイチャーファイナンス
3つ目は、金融業による「ネイチャーファイナンス」です。
ネイチャーファイナンスとは、自然環境の保全や回復に貢献する事業に対して、資金を供給する金融の仕組みです。
たとえば、三井住友銀行などの大手金融機関では、企業の生物多様性への取り組みを独自の基準で評価し、高い評価を得た企業に対して、優先的に融資を行ったり、金利を優遇したりする動きが加速しています。
つまり、ネイチャーポジティブに積極的に取り組む企業ほど、資金調達の面でも評価されやすくなる可能性があります。金融の力で自然環境の回復を後押しする取り組みも、今後さらに重要になっていくでしょう。
ブランド価値を高めるプロモーション
最後に、自然に関する社会課題をブランドコミュニケーションに活かした事例もあります。
シリアル製品「Honey Nut Cheerios」を製造するGeneral Mills社は、長年パッケージに描かれていたミツバチのキャラクターを、あえて消すプロモーションを行いました。

いつも商品パッケージにいたキャラクターが突然いなくなれば、消費者は「あれ、どうしたのだろう」と疑問を抱きます。
同社は、パッケージからミツバチを消すことで、「今、ミツバチが世界から減少している。彼らがいなくなれば、私たちの食糧も危ない」というメッセージを発信しました。さらに「#BringBackTheBees」というキャンペーンを展開し、ミツバチが好むワイルドフラワーの種を無料で配布しました。
自社のブランドアイコンと自然界の課題を結びつけ、消費者に具体的なアクションを促した事例です。
企業は何から始めればよいのか

では、企業はネイチャーポジティブにどのように取り組めばよいのでしょうか。
最初から完璧を目指す必要はありません。まず大切なのは、自社のビジネスがどれくらい自然に依存しているのかを知ることです。
たとえば、「自社の主力商品の原料はどこから来ているのか」を書き出すだけでも、立派な第一歩です。そこから、原材料調達、サプライチェーン、商品開発、情報開示、社内教育など、どこから取り組めるかを整理していきます。
また、取り組みを進めるうえで重要なのが、経営陣と現場の巻き込みです。担当者が一人で「自然を守りましょう」と訴えても、なかなか社内は動きません。大切なのは、ESGデータなどとも絡めながら、「これは自社の売上やリスクに関わる重要な経営課題である」と伝えることです。
ネイチャーポジティブは、一過性のブームではなく、今後の企業経営に関わる大きな流れです。まずは小さなアクションから始め、社内で成功体験を積み重ねていくことが重要です。
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